高木講堂

 

 宮崎県出身の偉人高木兼寛の看護教育への功績を讃え、兼寛の生誕150周年にあたる1999年(平成11年)に高木講堂と命名されました。

 座席数は430席(車椅子対応4席)あり、入学式等の式典や講演会などに使用しています。

 

高木兼寛について

 高木兼寛は、1849年現在の宮崎県宮崎市高岡町に生まれました。17歳で医学を志し、イギリスの医師ウィリスに師事したことがきっかけで、25歳の時にイギリスに留学しました。5年間の留学生活で、人道主義に基づく実際的な英国医学を学ぶとともに、ナイチンゲール看護教育の実際を体験し、深く共鳴しました。

 帰国後高木兼寛は、「病気を診ずして病人を診よ」を掲げて1881年に人間中心の医学校を設立、翌年には「貧しい人々に医療の手を」と病院を設立、さらに「医師と看護婦は車の両輪の如し」と説いて、1885年に日本初となる「看護婦教育所」を開設し、我が国の近代看護の礎を築きました。

 高木兼寛はまた、脚気の撲滅に尽力したことで知られ、「ビタミンの父」とも呼ばれております。

インドアビュー

建物内がご覧頂けます。