各プログラム紹介
国際交流活動
短期海外派遣奨学金プログラム
2年(派遣時) 浦吉 花
’人と共に生きていくこと‘について考え、支援の本質について学んだカンボジア研修
私は短期海外派遣奨学金プログラムで、8月13日~29日までの約2週間、カンボジアを訪問してきました。この約2週間の間に出会えた多くの人々、見ることのできた様々な大切なものから私が感じたことや学んだことを報告します。
研修日程
8月13日(1日目)
10時 福岡空港からハノイ空港へ
15時30分 ハノイ空港から新シェムリアップ空港へ
17時 空港からシェムリアップ市内へ
20時 市内のレストランで夕食
8月14日(2日目)
9時 バスでシェムリアップからポイぺ途へ(約3時間)
15時 現地の子供たちとサンタピアップハウスで交流
20時30分 国境の町のナイトマーケットへ
8月15日(3日目)
9時 JMASの方々による地雷学習
9時30分 地雷処理見学
14時 村の小学校へ訪問
21時 現地の人々と夕食で交流
8月16日(4日目)
9時 村の視察
11時 バスでシェムリアップへ
19時 現地の伝統舞踊の見学
21時 パブストリートの見学
8月17日(5日目)
5時 アンコール遺跡見学
13時 サンタピアップの方々と最後の食事会
8月18日(6日目)
10時 シェムリアップ市内の視察(スーパーマーケット等)
ボランティアの人と会う、ボランティア内容の会議
8月19日(7日目)
9時30分 小学校ボランティア(1日)
8月20日(8日目)
9時30分 小学校ボランティア(1日)
8月21日(9日目)
10時 町へ買い出し
12時 トンレサップ湖視察
8月22日(10日目)
9時30分 小学校ボランティア(1日)
8月23日(11日目)
17時 ボランティア活動の計画
8月24日(12日目)
9時30分 小学校ボランティア(1日)
8月25日(13日目)
12時 ボランティア活動のための買い出し
14時 町を散歩、店や商店街の視察
19時 パブストリートで買い出し
8月26日(14日目)
10時 共生病院訪問、日本人看護師さんへのインタビュー
16時 小学校ボランティア
8月27日(15日目)
9時30分 小学校ボランティア(1日)
8月28日(16日目)
9時30分 小学校ボランティア(午前中)
13時30分 シェムリアップ市内から空港へ
20時 新シェムリアップ空港からハノイ空港へ
8月29日(17日目)
1時30分 ハノイ空港から福岡空港へ
今回私は、サンタピアップというNPO団体のツアーと小学校の子供たちに日本語を教えるボランティアの2つに参加し、シェムリアップとポイぺトの2都市で過ごしました。


NPO団体サンタピアップの代表古川沙樹さん
私が最初にお世話になったのは、サンタピアップの皆さんです。サンタピアップはカンボジアを拠点に子供たちの教育支援を行っているNPO団体で、今回はその代表である古川沙樹さんという方にお話を聞きました。沙樹さんはもともと、カンボジアとタイの国境の町ポイぺトで日本食を提供する、国境食堂HARUを経営されていて、テレビ番組の「世界の村で発見!こんなところに日本人」でも紹介されたことのある方です。沙樹さんには、‘人’と関わっていくうえでの大切な考え方を教えていただくことができました。もちろん生まれ育ってきた環境が違えば、互いの価値観を理解できずに悩む場面もあるそうです。しかし、それでも、相手への「あなたのことを理解したい、私のことも理解してほしい、分かり合いたい」といった気持ちを大切に持ち続けて関わっているということを教えていただきました。人と関わるときには、理解することをあきらめないことが大切なのだと学びました。お話をしたことで、私たち日本人とは住む場所も文化も歴史も、何もかもが違う人々と関わるときに、私たちの考える‘幸せ’のかたちを押し付け、一方通行な関わり方をしてしまってはいないか、それが本当に相手にとっての‘幸せ’なのか、といったことを考えさせられました。また、沙樹さんのお話に加えて、サンタピアップのウェブサイトにはこのようにも綴ってありました。『カンボジアの人たちと活動するうえで私たちが最も大切にしていること。それは、「友達になること」です。友だちという関係は一方通行の関係では成立しません。お互いに尊敬し合えて初めて成り立つ関係だと思います。サンタピアップでは、一方的にしてあげる支援ではなく、共に活かし合い、学び合い、共に生きていく活動を目指しています。』沙樹さんは、自分がやっていることはある意味エゴで、自分自身も学ばせてもらっている、と仰っていました。人と‘共に生きる’、ということの尊さに改めて気づかせていただき、また、‘支援’の本質についての大きな学びを得ることができました。



トゥールポンロー村の小学校
サンタピアップの皆さんとは、ポイぺトのトゥールポンロー小学校に一緒に訪問しました。子供たちが元気な声で合唱を披露してくれたり、伝統舞踊や組体操を見せてくれたりしました。また、日本人も全員参加のリレー対決もしました。英語も伝わらない中でのコミュニケーションに最初は不安を感じていましたが、そんな不安なんてすぐに忘れてしまうほどフレンドリーな子供たちとたくさん遊ぶことができて本当に幸せな時間でした。これはカンボジアにいる間ずっと感じていたことですが、コミュニケーションにおいて言語というものは最後についてくるものなのだと、このときに初めて感じました。


JMASによるカンボジアでの地雷処理の活動
ポイペトでは、地雷処理の見学もさせていただきました。まだ地雷原の残るカンボジアでは、日本のJMASという地雷処理を支援している団体の方々も活動されています。この日も地雷と不発弾が見つかり、その実物を見せていただきました。また、実際に地雷の爆破処理も見学させていただき、その爆発音や爆風に非常に恐怖を感じました。地雷にはいくつか種類があり、中にはひとつ数百円でできるものもあるそうです。数百円でつくられた爆弾が、簡単に人を傷つけ多くの悲しみを生み出しているということがとてもつらく悔しいことだと思いました。今回ガイドをしていただいた現地の方は、子供のころには毎日のように地雷が爆発する音を聞いていたそうです。想像もできないような状況があったこと、そして今もまだ多くの地雷が残っていることを学びました。今この瞬間、世界のどこかに地雷を処理してくださっている方々もいれば、地雷を埋めている人々もいるという事実があります。地雷処理を見学した日は、日本の終戦記念日でもありました。私たちがまもっていくべき平和について、自分の考えを深めることのできた1日となりました。


(ここまでがサンタピアップのツアーです。)
小学校でのボランティア活動
サンタピアップのツアー終了後に参加した、小学校での教育ボランティアでは、公立の小学校と認可の降りていない村の小学校の2校に訪問し、子供たちと触れ合いました。
公立の小学校には、5歳から12歳までの子供たちが通っていました。教室の数が少ないこともあり、生徒は午前と午後の2組に分かれて授業を受けていました。子供たちは、初めて学校に訪問した日から最後の日まで、毎回、学校に着いた私のもとに駆け寄り、手を引いてくれました。私自身は、子供たちに対して何か特別なことができるわけではありませんでした。ただ、私が学校に来たこと自体をとても嬉しそうに喜んでくれる子供たちに非常に励まされました。
言語は全く通じませんでしたが、子供たちとのコミュニケーションはとても楽しく、それは難しいものではありませんでした。仲良くなるために言葉はいりませんでした。互いに、あなたと仲良くなりたい、あなたのことが知りたい、という気持ちを持っていれば、目を合わせて笑い合えば、すぐに打ち解けることができました。子供たちとの関りを通して、相手の表情や声のトーンを感じたり、握手やハイタッチ、ハグ、ジャンプをして気持ちを伝え合ったりしたことで、より他者の感情に敏感になれたように思います。



そんな子供たちの多くは、昼は学校に行けても、夜は仕事をしているそうです。私の年齢の半分にも満たない子供たちが、毎日のように、道端でのごみ拾いや売り子をしているとのことでした。学校で笑っている子供たちを見ていると簡単には信じられない話でした。しかし実際に、夜の町で働く子供を見かけない日はありませんでした。見かけるだけでなく、マッチや飴などを差し出し、買ってほしいと声をかけられることが本当に多かったです。どうにもならない気持ちでいっぱいになり、言葉をかけることは出来ませんでした。仕事をするからという理由で学校を休んでいる子供もいました。仲良くなった男の子の指に、前日までは無かった包帯が巻いてあったため理由を尋ねると、ごみを拾っていた時に何かの破片で切ったのだと言われたこともありました。とても胸が痛かったです。



多くのことを感じた子供たちとの触れ合いでしたが、子供たちからはたくさんの元気と笑顔を与えてもらい、これからの自分の生活への大きな力を受け取りました。
学校でのボランティアには、日本の各地から集まる人が参加しており、年齢や性別の異なる人々と協同しながら行いました。初めて会う仲間と共に生活し、活動しながら、その人たちの‘いいところ探し’をたくさんしました。そして、この‘いいところ探し’は協同していくときにとても大切なことだと思いました。互いについて何も知らずに出会っても、相手の得意なことを知れば、その人に任せた方が効率よく進むこと、自分が担当した方が上手くいきそうなことなど、活動をスムーズに進めることができました。また、互いの得意なことを吸収出来たり、自分には無かった考え方をつかんだりすることもできました。出会って時間がたてば、得意なことだけでなく、その人の歴史や趣味など、より多くのことを互いに知り、さらに仲を深めて力を合わせることができるようになります。しかし、出会ってはじめのころには、相手の‘いいところ探し’をたくさんすることでその人を知っていこうと思いました。



現地の病院とそこで働く日本人看護師の西本貴紀さん
ボランティアの休みの日に、シェムリアップ郊外にある『日本カンボジア友好記念アンコール共生病院』という日本のNPOが経営する病院に訪問させていただきました。ここには、看護師の西本さんという日本人の方が働いていらっしゃいます。今回は西本さんに、カンボジアでの活動などについてのお話を聞き、病院内の見学をさせていただきました。
経済格差の広がるカンボジアでは、そもそも病院に行くという習慣がありません。医療の水準が上がらないこともそうですが、病院に行かずに過ごす人が多く、すでに病気が進行してしまい、受診したときには手遅れになっている場合も多いそうです。西本さんは、人々の医療に対する価値観を変えていかないとその国の医療は変わらないと仰っていました。その国の医療の水準を上げるためには、医療者側にも患者側にもより多くの教育が必要なのだと分かりました。現在、西本さんはマネージャーとして、現地の医療者を指導する立場にある方です。指導したスタッフの方々が人の役に立ち、未来のカンボジアを引っ張っていく存在になれるよう、日々活動していらっしゃいます。短時間のインタビューではすべてお聞きすることはできませんでしたが、多くの困難を乗り越えてこられた強い方なのだと感じました。カンボジアという国で、人を想い、自分のことも他者のことも大切にして強く生きている西本さんにとても励まされました。「自分を一番大切にして、そんな自分にとって一番良い看護を相手にする」と西本さんは仰っていました。人を助けることができるときは自分の心が満たされているときだそうです。「自分を一番大切に、そして有り余ったエネルギーで多くの人の役に立ってください。」そう言ってくださった西本さんといつかまたお会いできるとき、胸を張ってお話しできる自分になろうと思います。






研修を振り返って
今回の研修を通して、‘支援をしてほしい’と実際に言う人は数少ないのだと気づきました。私達日本人の物差しで測れば、‘きっと支援が必要に違いない’と感じることも多いでしょう。確かにそこには厳しい現実もあります。地雷、衛生面、教育、経済格差、など自分自身が不自由なく受け取ってきた多くのものがあるからこそ、見逃すことのできない課題も多いです。しかし、偏った視点から判断し、一方的に‘支援’をすることが、同じ時を生きている人々にとっての支えとなるとは限らないと思いました。だからこそ、実際に現地の人々と関わり、「共に生きていく」ために自分にできることはないのか、ということを考え続けることが、本当に大切なことなのだと感じました。人と関わりながら生きていくうえで、「困難があれば一緒に乗り越えたい」と思ったし、相手からも「困難があればあなたと乗り越えたい」と思ってもらえる人でありたいと思いました。
最後に
この16日間の経験を通して、これから自分が進む道、やるべきこと、などについて深く考えることができました。また、この研修中に出会えた多くの人々や仲間は本当にかけがえのないものとなりました。このような素晴らしい機会を与えてくださったすべての方々に、改めて、心より感謝申し上げます。この経験を活かせるよう、これからの勉強や実習に精進して参ります。本当にありがとうございました。


2年(派遣時) 吉岡 千優
貧困の現実の中での開放的な住民同士の関わりと子どもたちについて
私は短期海外派遣奨学金プログラムで、9月1日から9月21日までの3週間、フィリピンのバコロドに留学させていただきました。留学目的は、水やゴミなどの衛生環境を知る・体験する、現地の方にインタビューし医療・犯罪について日本との違いを学ぶ、学校に通えていない子供たちと交流し現状やそのサポートに何があるのか学ぶ、です。
研修日程
9月1日(1日目)
8:15宮崎空港発
9:55羽田空港着
羽田空港から成田空港に電車で移動
14:15成田空港発
18:10マニラ空港着
21:20マニラ空港発
22:35バコロド空港着、Acti-LABOスタッフの方と合流(空港からActi-LABO寮へ移動)
9月2日(2日目)
6:30寮で朝食
8:00-11:50現地のフィリピンの先生による授業、50分×4コマ、(現地での研修活動に必要な英語力を強化するための授業)
11:50-13:00寮で昼食
13:00-16:00授業、110分+60分(①フィリピンの医療についてのインタビューの質問作成)
16:00-SAVE MORE(スーパーマーケット)で換金
17:30-寮で夕食、風呂、Acti-LABOの課題(日記)
9月3日(3日目)
8:00-11:50英語の授業
13:00-14:30PLAZA(屋台のある広場で多くの地元民が集まる)で①のインタビュー調査
14:30-16:00①のインタビュー調査のまとめとプレゼン作成
9月4日(4日目)
8:00-11:50英語の授業
13:00-16:00①のプレゼン作成
16:00-PLAZA(屋台のある広場)で現地の食事についてフィリピンの先生方から学ぶ
9月5日(5日目)
8:00-11:30英語の授業
12:30-お菓子工場見学
9月6日(6日目)
8:00-11:50英語の授業
13:00-16:30①のプレゼン
9月7日(7日目)
Mambukal(山)でフィリピンの自然や災害について学ぶ
9月8日(8日目)
8:00-寮で自己学習
17:00-Melkeng Seafood Restaurant、日本語を話せる現地の店員との交流
9月9日(9日目)
11:00起床(腹痛のため)
13:00-16:00授業(プレゼンの題材決定と質問作成)
9月10日(10日目)
8:00-11:50英語の授業
13:00-14:30 PLAZAで②フィリピンの家族構成についてのインタビュー
14:30-16:00②のプレゼン作成
9月11日(11日目)
8:00-11:50英語の授業
13:00-14:30②のプレゼン作成
14:30-16:00翌日の孤児院訪問の準備(福笑いとその説明文の作成)
9月12日(12日目)
8:00-11:00英語の授業
12:30孤児院での活動
9月13日(13日目)
8:00-11:50英語の授業
13:00-16:00②のプレゼン
9月14日(14日目)
10:30停電、腹痛のため休養
16:40フィリピンの伝統的なマッサージ体験
9月15日(15日目)
体調不良のため休養日
9月16日(16日目)
8:00-11:50英語の授業
13:00-16:00授業、110分+60分(プレゼンの題材決定と質問作成)
9月17日(17日目)
8:00-11:50英語の授業
13:00-15:00 PLAZAで③犯罪についてのインタビュー
15:00-16:00③のプレゼン作成
9月18日(18日目)
午前 体調不良のため休養
13:00-16:00③のプレゼン作成
9月19日(19日目)
8:00-11:50英語の授業
13:30-台風のため寮内全体での英語学習会、翻訳機を一切使わずに文脈から判断する力をつける授業
9月20日(20日目)
8:00-11:50英語の授業
13:00-16:00③のプレゼン
16:00-卒業式
9月21日(21日目)
9月21日(21日目)
6:25バコロド空港発
7:40マニラ空港着
9:50マニラ空港発
14:30福岡空港着
19:30福岡空港発
20:15宮崎空港着
Acti-LABOでのプログラムについて
留学目的を実現するために、私は自分自身で活動内容を選べ、プログラムを組むことができるActi-LABOのプログラムに参加しました。Acti-LABOでは、月曜日から金曜日の授業日に、午前中はコモンルームと呼ばれる学習室でそれぞれの研修活動に必要な英語力強化のためのマンツーマン形式の授業、午後はそれぞれの学習テーマで、地域の方々にインタビュー調査を行うフィールドワーク(準備、調査、まとめ、発表)、というように時間割が組まれています。木曜午後は、生徒全員で体験やボランティアをします。私は、第一週目にお菓子工場見学、第二週目に孤児院訪問、第三週目にActi-LABO内でのレクリエーション(台風の影響によりフィリピン形式の運動会から変更)を体験しました。
以下、3週間の研修の中で、特に学びになったことを中心に報告します。
現地での研修活動に必要な英語力強化のための授業
最初の授業の際、簡単なテストが行われました。このテスト結果をもとに、自分の弱点を知り、今後の授業の内容を決めていきます。私は、単語・文法が弱いことがわかったので、これらを中心に授業を行っていきました。英単語の説明もすべて英語で行われます。しかし、かえって英単語の説明を英語で受ける方がわかりやすく感じました。英語が公用語になっている国で英語を学ぶことで、日本語とはちょっと違ったニュアンスをつかむことができたような気がします。



フィールドワーク:地元の方へのインタビュー調査
3週間の滞在であったため、フィールドワーク(地元の方へのインタビュー)を3回行いました。それぞれ医療、家族構成、犯罪をテーマにしました。
①フィリピンの医療について
医療をテーマにした理由は、看護学生として、地元の方の医療事情を調査したいと考えたからです。インタビューをして、フィリピン人は日本人と比較してほとんど病院に行かないことに気づきました。保険の制度はありますが、それでも医療費は高く、富裕層しか通うことができないのだそうです。家で休養する家庭が多くみられました。医療費を支払えない人に対しては、ボランティアでの介入が有効であると考えました。サークルの一員としてボランティアに参加したことはありますが、数え切れる程度です。学生の間は医療に関係したボランティアを、将来看護師免許を取得した後は、看護師免許を持っているからこそできるボランティアに積極的に参加していこうと思います。
②家族構成について
家族構成テーマにした理由は、日本が少子高齢化を、フィリピンが人口増加をたどっているからです。私は、将来の就職先として公衆衛生や行政にも興味があります。人口増加と少子高齢化が起きる背景の違いを調査したいと思いました。フィリピン人の兄弟の多さに驚きました。ある家庭では10人兄弟で、ある家庭では母親が17歳の時に子供を産んでいました。フィリピンでは、何も特別なことではないそうです。フィリピン10人、寮のメンバーの日本人10人ほどにインタビューしましたが、結婚したい人の割合に違いはほぼありませんでした。フィリピンは働き手を増やすために子供を多く持ち、対して日本人は育てるための金銭問題から、多くの兄弟を持たないことが分かりました。誰と住んでいるかにも違いがみられました。日本は核家族が多いのに対し、フィリピンでは、三世代世帯が多くみられました。結婚後、夫の家族と一緒に住むことが一般的であるそうです。祖父母世代の生活を支えていることが分かりました。
③犯罪について
犯罪をテーマにした理由は、外務省のホームページで、フィリピンに渡航する際の注意書きとして銃を向けられた時の対策など、犯罪について事細かに書いてあったからです。フィリピンは殺人が他国と比べて高い国です。自分自身の身を守るために使用することが一般的ですが、富裕層が貧困層に力の差を見せつけるために使用する人もいるそうです。地元の方によると、バコロド(私が滞在していた地域)は比較的安全ですが、マニラなどはもっと頻繁に銃による事件が起きているそうです。日本の銃刀法にあたる法律がフィリピンにもあり、認められた銃以外は所持してはなりません。しかし、認められていない銃を持っている人も多くおり、警察による規制が追いつかない地域もあるそうです。銃を持ってはいけない日本でさえ、ナイフや薬物での殺人事件が起きています。銃刀法の重要さ、そしてそれを規制する力のある警察の存在の大きさを改めて感じました。
インタビュー時、現地の方々が快く答えてくださったことが印象的でした。日本と比べて給料も低く、平均寿命も短いのに、まちにいる方々はどこか生き生きとしていました。日本に帰ってきて福岡の電車に乗り日本人は顔が暗く下を向いているのを見たとき、特に顕著に感じました。同じ寮の友人からは、貧しいからこそ明るくいるようにしていると現地の方から聞いたと言っていました。
ゴミ山という場所に行った寮のメンバーの人からも話を聞きました。その土地は、ゴミと土が混じり合っており、自分たちが歩いている道が本当にゴミでできているかわからなかったそうです。ごみの分別が当たり前でない事実に驚きました。また、この土地は女子が行くのは危ないとのことでした。学校帰りに女子だけで出かけて帰宅する、という日本の何気ない日常は、どこでも通用するわけではないと思い知らされました。



孤児院訪問
孤児院では、一緒に日本の遊びをしたり、子供たちの出し物を見たりしました。両親が災害で精神的に病んでしまって兄弟で孤児院に入った子がいました。まちを歩くとストリートチルドレンがいて、よくお金をせがまれたり買ってと言われたりしますが、彼らは両親が警察に捕まった人がほとんどなのだそうです。孤児院に入れるのを運がよかったと表現する人もいるのではと感じずにはいられませんでした。Acti-LABOとして孤児院の訪問は2回目だそうです。接したこの中に、一単語しか話せない、幼稚園に通うくらいの年齢の子がいました。こころの成長が追いついていないのかと思っていましたが、Acti-LABOスタッフに話を聞くと、前回は泣き叫ぶしかできなかった子だったそうです。その成長ぶりに、目に涙を浮かべていました。心に大きくストレスがかかった状態から、孤児院での生活で仲間ができたり好きなことができたりと、体験を重ねることで生きる楽しさが見いだせてきたのでは、という涙なのではと考えました。最後に給食をしました。子供たちの食への興味が印象的でした。食事をする事に一生懸命になっていました。大抵の子が残さず食べており、残した子の食事をもらっている子もいました。フィリピンの食事は日本より甘く、嗜好品にも砂糖が多く使われている印象を受けました。しかし、痩せているひとが少なくありませんでした。今日の食事を得ることも大変な人たちが少なくないのだと感じました。孤児院で今を過ごしている子供たちの中にも、このような環境で育った子たちもいるのではと考えました。
孤児院の子供たちは英語を理解することが難しそうだったため、言葉ではなく触れ合いでの交流でした。初めは恐る恐る接してきた子たちがお別れの時になると離れがたそうに抱き着いてくることがうれしかったです。会話を介さないと交流が始まらないと思っていましたが、言葉が通じなくても交流ができるとわかった瞬間でした。


あえて間違った位置を教えるのは日本と共通していました
水などの衛生環境
滞在期間中に3度の停電があり、またトイレが流れない、シャワーからお湯が出ないなんてことは日常茶飯事でした。水圧も弱く、水でシャワーを浴びることができるだけで感謝しているような環境でした。寮内にはトイレットペーパーがありましたが、外のトイレはトイレットペーパーがないことが普通でした。アメーバ赤痢で入院した先輩がいましたが、病院にもトイレットペーパーがなく、病院よりむしろ寮の方が環境が良いとおっしゃっていたくらいです。帰国して、福岡空港のトイレを利用したり、家のシャワーを浴びたりしたときは感動しました。ライフラインが整っていることは当たり前ではないと気づき、感謝するようになりました。
研修を振り返って
今回の留学で、言語の壁なんてたいして大きな問題ではないことが分かりました。大切なのは、交流しようとする意志と、笑顔で単語でもいいから伝えることでした。孤児院ではお互い全く言葉のコミュニケーションができていないのにも関わらず、心を通わせることができました。外国の患者だから、子供だから、ではなく、コミュニケーションをとる姿勢が重要なのだと気づきました。実習では、会話だけでなく、触れ合いも大切にしていきたいと思います。
また、飲み水、生活用水、電気、そして食べ物は限りなくあるように見えますが、必要な分だけ使ったり、残さず食べたりすることで、他の必要としている人に回るのではと考えるようになりました。フードロスという言葉があるくらいなので、賞味期限が早いものを買ったり、使っていない電気を消したりすることで大切に資源を使うことにつながると考えました。水回りは人によって生活スタイルが異なり、特にトイレや風呂は顕著であるとわかりました。自分と患者は生活スタイルが違うため、その人からできるだけその人の生活スタイルを見つけ出し、近づけることも重要だと考えました。
最後に
21日間の研修を通して、多くの方と出会い、経験し、自分の進むべき道について改めて考えるようになりました。以前は保健師一筋で考えていましたが、改めて看護師としての道や、孤児院での経験から教育現場についても興味を持ち始め、いろんな視点から見られるようになったため逆に迷いも生じています。これも研修があったからこそです。この出会いや経験は、かけがえのないものとなりました。Acti-LABOの皆様をはじめ、関わってくださった全ての方に感謝申し上げます。この経験を活かして、これからの実習や学修に活かしていきます。本当にありがとうございました。